twitterで2011年に拡散していた情報に「犬吠埼の沖合に風力発電所を作ると東京電力がまかなっている電気が全部作れます」というものがあった。どうも、どうも、この情報の出典は「新しいエネルギーの未来」という対談らしい。当該部分を引用。
さて、この情報を信じていいのかどうか。twitterでは「すごい!」とRTしている人もいたし、「あり得ない」と否定している人もいた。以下では標準的なチェック手続きに基づいて判断してみよう。
まず、この情報の出典が何か? ということが当然問題になるが、当該ページには出典、参考文献に関する情報は記載されていない。文中では「こっそり公開されていたのを検索して見つけた」と書いてあるが、検索して見つけたURLが書いてない以上、データの妥当性について読者が検証する方法はない。さらに、「東京電力が公開しないでくださいと言った」ことは、こっそりインターネットに公開されていたデータに書いてあったのか? 委託研究の公表資料にそのようにスポンサーをおとしめるような記述を行うことは通常考えにくい。これも出典が書いてないので検証不能であるが、このように陰謀史観に基づいて書かれた文章は基本的に疑って掛かるべき。
文献情報が一切示されていない以上、出典から妥当性の検証を行うことは困難である。そこで、普通に公開されているデータからの概算でこの主張の妥当性をチェックしてみることにしよう。元々の記事の主張に従い「東京大学」「東京電力」「風力発電」あたりで検索かけていくと、"An Assessment of the Available Offshore Wind Energy Potential Using Mesoscale Model and Geographic Information System"という論文が見つかった。論文の要旨によると、"Without considering any economical or social criteria, the total potential along the coast of Kanto area is 287TWh/year, which is almost equal to the annual supply of Tokyo Electric Power Company."(経済的・社会的な制約を無視した場合、関東沿岸で発電可能な電力は年間287TWhであり、これは東京電力の年間供給量にほぼ等しい)と書いてある。
お、すげー。ホントに年間供給量をカバーできるのか。と、喜んではいけない。まず、この論文で検討している領域は"area within 50km from the coastline in the supply area of TEPCO"(東京電力の電力供給地域の海岸線から50km以内の海域)である。具体的に言えば、房総半島から茨城までの沖合で、総延長は200km以上である。「犬吠埼の沖合だけで、だよ」という表現から、総延長200km以上、幅50km以上の海域を思いつけるかどうかは大変疑問であるが、まぁ、これは「言葉の綾」ということにしておこう。
次に問題になるのは、要旨では「無視した場合」と限定していた制約条件である。海には漁場や港湾があるし、あまり水深が深いところではいくら浮体構造の風車であっても設置しづらい。論文ではこれらの条件を考慮した計算を行っており、6622平方kmの海域に12255台の風車を設置すると年間100.59TWhの発電が可能であり、東京電力の年間供給量の約35%に相当すると書いてある。
12000台の風車のメンテナンスはきっと大変だろうけど、でも風車で100%は無理でも35%発電できれば原発分くらい置き換えられるんじゃないか? ということになればオッケー? ちょっとまった。風力発電の大きな問題点は「風任せ」というところにある。同じ研究室が書いてる別の論文「メソスケールモデルと地理情報システムを利用した関東地方沿岸域における洋上風力エネルギー賦存量の評価」によると、銚子気象台の観測データで、日平均風速が4mに満たない日は結構ある。
同じ論文で用いている風車の出力カーブを見ると、風速が4mではほとんど発電できないことがわかる。
もちろん、風が強い日は日平均でも12mくらいになっている日もあるのだけれど、日単位でこれだけ変動があると「年間合計で35%」という数値だけで評価することはできない。そう、「電気は貯められない」からである。たまたま風が吹いているタイミングでは沢山電気を作れるが風がなければ発電できないという風車の欠点をカバーするためには、日どころか季節を超えて電力を貯蔵するシステムがなければ無理ということになる。
現時点でそんな蓄電システムは存在しないどころか、1日のうちで昼と夜のピークシフトに使える程度の蓄電システムですら存在しない(存在しているなら、計画停電などしないで夜中の余剰電力を昼間のピーク時に持って行けばいい)。このような技術が近い将来実現可能であるかどうかが、大規模な風力発電をメインの電源の一つとして利用可能かどうかの判断基準となるだろう。